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    房一はそれに目をとめていたが、急に強い口調で、

    と、一向にそんなことを知らない房一が云つた。

    練吉は意外なことを耳にしたといふやうにちよつと房一を眺めたが、熱心に聞いていた。

    「あゝ、まだ持つてる!」

    正文は顎をつき出しては一寸笑つて、ふむ、ふむ、とひとりでうなづいていた。

    練吉は軽く頭を下げながら、相手の房一がいきなり直立不動のやうに足をそろへたのを見た。

    「それで、――どうかね?」

    男は一歩下つた。

    その患者といふ言葉を、まだ云ひ慣れないために特別な発音をしながら、盛子はあわてて房一に声をかけた。

    「ふうん。気楽な身分だね」

    だが、盛子の場合とちがつて、道平のそれはもつと重かつた、そして、もつと直接だつた。これが普通の患者に対するときだと、たゞ聴診器を持つて坐つただけでよかつた。何も考へないで、感じないで済んだ。ところが、道平を診るとなると、この医者らしさがどつかへふつ飛んでしまふのであつた。判断ができないわけではない、だが、判断以上の何かしら得体の知れないものが彼の自信を失はせるのだつた。できることなら、医者としてではなく、単に息子として父親の傍に坐つていたかつた。医者の仕事は誰か他の人に任せてしまひたかつた。

    と、房一は机の上に虫の卵の形を書いてみせた。

    熱心になっていた「な」の字さんは多少失望したらしい顔をした。

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